Notelets

誰かのために何かを作る日々の断章。試論。仮説。フィールドノーツ。

「正しい」ペンの持ち方はあなたにとっても「正しい」のだろうか?

近頃、と言ってもここ5年ぐらい、手書きをし過ぎると手指が痛くなるようになった。

それほど重傷ではないものの、とは言え気持ちはよくない。親指の第一関節を握りこむような動作をすると、違和感、もしくは軽い痛みを感じる。

きっと長年染みついた手指の使い方、その悪癖が原因なのだろう。しかも自分でそのことに気付いてもいないのだろう。だからそれを知り、そして矯正できないかと思って調べてみる。

が、しかし、これがなかなか。一発で解決できるものではないことがわかる。複雑。

「ペンの正しい持ち方」というのはいろいろ専門家が教えてくれる。ざっくり万民向けのフォームがありそうだ。大きな方向性としては、おそらく多くの人がイメージする「正しい持ち方」が正しいということになっている。

学術的な観点からも、「望ましい持ち方」があるようだ。例えば↓
http://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/ronbun/2003_mochikata_paper/2003_oshiki_mochikatariron.pdf

しかし細かく見ていくと、みなさん言っていることが微妙に違ったり、思った以上に細かい要素があることがわかる。上記の論文でも、多様な観点から解析を行っている。ペンの持ち方だけでなく、全身の姿勢や机、紙との関係も考えなくてはならない。

例えば、多数派は、小指はふんわり握っておくという。しかし一部では、少し力を入れて握りこむようにするのがいいという。あるいはペンの角度は○度ぐらいというが、人によって違う。指先で持つと言う人もいるし、人差し指を軸に沿わせるという人もいる。親指と人差し指の位置関係もある。それぞれの指の位置関係もいろいろな人が、ほんの少しずつ違うことを言っている。

筆記具のタイプによっても微妙に変わってくる。構造上の制限から、ボールペンは立てて書くし、万年筆は寝かせ気味。また、寝かせ具合だけでなく、なんというか、右側(右手で書くとして)へのオフセット具合or右側への角度もある。全身の姿勢により、頭=目の位置と、書く位置の関係もある。日本と欧米の差もある。

日常的な動作でも、細かく見ていくとややこしい。そんなに簡単に答えが出るモノでもない。また個人差も環境の差もある。……ということだろう。なかなかおもしろい。

個人的なことを言えば、今の握りは概ねオーソドックスなもののように思える。ただ、おそらく、標準よりペンを寝かせて使っている。45〜50度ぐらいのことが多い。また、いつも微妙に、持つ位置や指の角度を変えている。それで無意識に疲れを軽減しているのかもしれない。

しかしそれよりも気になるのは、紙と自分の角度。

どういうことかと言えば、↓
・「正しい」のはやはり、紙は自分に正対するように置くかたち。
・しかし、それをすると非常に書きづらい! なぜなら↓
    ・横書きで、右に書き進むと、自然な手の位置は右上がりになる。
        (・手は肘を支点に移動するので)
    ・ゆえに、正対した紙に書こうとすれば、
    ・手指、手首をぎゅっと握りこんで、文字の位置を調整することになる。
        ・これが痛みの原因。
    ・つまり不自然な持ち方になってつらい。ということ。

どうやら、紙と正対するスタイルは縦書きを想定しているようだ。まあそれはそうだなとも思うが、世に出回っているノートの9割は横書きの想定ではないか。

この紙と自分の角度について細かく考えると、机の高さも関係してくる。具体的に言えば、キーボードを扱うのにいい高さと、手書きに適した高さは異なる。

キーボードを打つときは、自然に座って、自然に肘から前腕が机に乗るぐらいの高さがいい。肩は自然に落ちていて、腕の重さは机に任せている状態。このとき、脇は自然に開いているぐらいでないと、キーボードは打ちづらい。机が低すぎれば、肘が浮いてしまう。そうすると、肩に腕の重さがかかって、疲れる。逆に高すぎれば、肩が縮こまる。

この高さで手書きをしようとしたとき、少し脇が開いていることになる。横書きをしていくと、外側に出た肘を支点に、やはり手は右上がりに動くのが自然。言い換えれば、手の自然な移動方向は、肘の位置に依存する。そして肘と体の位置関係は、机の高さに依存する。

(……わかりづらいですね。つまり、キーボードに合わせた机の高さだと、手の動きが不自然になる。……ということ。)

これが、もう少し低めの机なら、自然に脇が締まって、右上がりを矯正しなくてもよくなる。そのぐらいが、手書きにいい高さ。特に縦書きなら、肘は支点と言うよりも、下に書き進むに従って移動することになるので、脇は締まっているのが必須だろう。じゃないと垂直に下に書き進んでいけないように思う。

別の見方をすれば、キーボード向けの机の高さなら、紙をナナメ45度くらい、右肩上がりに回転させて置くと、自然に手書きできる。……ということでもある。実際に、個人的には、罫線に従って書こうとする時にはそうしていることが多い。あるいは、正対したノートに、盛大に右肩上がりの文字を書いていることも多い。「正しい」書き方ではないし、人様の前でやれば、不細工、みっともない、ということになるだろう。

(……やっぱりややこしいですね。それだけ、個人的・属人的ということだろうと思う。)

めんどくさい話ついでに言えば、ペン軸の太さも微妙。たぶん1ミリの差で、指の疲労度が変わる。多少太いぶんにはあまり影響がないが、あるところ以上に細くなると、すぐに痛くなる。スラっと姿のいいボールペンを使いたいと思っても、指が納得してくれない。よって、オヤジペンを選ぶことになる:-)

さらに余談を言えば、上記のような「自然な流れ」が、いわゆる「美しい文字」に影響していそう、とも思う。日本の文字は、少し右肩上がりに書くことになっている。それはおそらく、体のやや右側に筆があることを想定して、だとすると文字も右肩上がりになることが自然なことから生じているのではないか。

英文は右に傾く、斜体っぽいのが美しいとされていると思うが、それも理解できる。手首から手指の構造上、傾いた線が最も書きやすい、つまり動かしやすいように思う。言い換えれば、和文も欧文も、自然な線の傾きが美しいとされている。……と、素人解釈している。右肩上がりや斜体そのものが美しいのではなく、理に適っているから美しく見える、という理解。

とは言え、「正しい持ち方が全てではない」という研究もあるようだ。

↓多くの教師が勧める標準的な持ち方とそれ以外の持ち方に、書くスピードと読みやすさの差はなかったらしい。
https://www.healthline.com/health/how-to-hold-a-pencil

↓あるいは、そもそも横書きの文化圏では、「紙はナナメに置くべし」という話もあるようだ。子ども向けのインストラクションについて書かれた記事を見ると、そういう主張もある。
https://teachhandwriting.blog/2019/11/28/paper-position-tilt-are-important-for-good-handwriting/
https://www.theinstructionhub.com/blog/the-importance-of-correct-paper-slant
https://www.intoxicatedonlife.com/teach-cursive-writing-homeschool-guide/

日本の「美しい文字の書き方」の世界では、やはり縦書きが基準になっているのだろう。それはそうだと思う。しかし少なくとも自分にとっては、それだけを「正」とするのは、違うのかもしれない。ほぼ無意識に受け入れている、単なる思い込みかもしれない。

そもそもナナメに書くためのノートも売っている。ある種キワモノのようにも思えるが、「正しさ」と実利を美しく昇華させた、非常に先駆的な製品なのかもしれない。すごい。↓
https://www.tsubamenote.co.jp/info/sl3070info.html


……というわけで、今は、ノートをナナメにして書いていることが多い。ひと様はおかしいと感じるかもしれないが、手指の健康を優先(しなくてはならない体になってきた)。

すこし拡大解釈すれば、自分の体に従う、ということでもある。正しいとされるスタイル、正しそうな方法や言説、世の中のムードetc. は、自分にとって本当に正しいのか。ただ無批判に受け入れていいのか。「正しい」バッティングフォームはあるだろうが、じゃあなんでメジャーリーグのプレイヤー達はあんなにバリエーション豊かなフォームなのか。

もちろんムリなフォームならけがの可能性も高くなるだろうし、なんでもいいというわけでもないだろう。「正しさ」はそれとして知っておいて、しかし自分を信じる。……というぐらいが、個人的には楽しい。また、そうしても、それほど大ハズシしない歳になってきたようにも思う。