Notelets

誰かのために何かを作る日々の断章。試論。仮説。フィールドノーツ。

アタマで選ぶ道具、体が選んだ道具──筆記具の話

個人的に、「いつの間にか使うようになっている道具」というジャンルがある。

別に大きな期待を持って買ったとか、大枚をはたいたとか、誰もが認めるグッドデザイン製品とか、そういうことでもない。でも気がつくと使っていて、手に馴染んで、それなしだとちょっと困る、というような道具。


▼座右のボールペン、万年筆

左から、タイムライン、カスタム74、LAMY2000(ペンシル)。

いつからか、筆記具と言えば、個人的にはパイロットの製品。別にメーカーを意識して選んでいるわけではなく、その時その時で「いいかも」と思ったモノを買っているのだが、なぜか使うのはパイロット、という状態になっている。

例えばアクロボールというボールペン。イマドキの、油性だけどサラサラ書けるタイプのもの。同じジャンルの製品で、三菱のジェットストリームというシリーズもある。こちらの方が多くの人が使っている気もするのだけれど、なぜか個人的にはアクロボールがしっくりくる。

より具体的に言えば、例えばアクロボールのリフィルが入っている、「タイムライン」という繰り出し式のボールペン。

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繰り出し式一般のメリットは、不意にペン先が出てしまわないこと。ポケットに差しておくような時に安心。ただ、ノック式より手数は増える。しかしこのタイムラインというペンは、ペン軸が回転する動作がヌルっとカチっと決まり、その手数を感じさせない。片手でもすんなり操作できる。

そしてアクロボールのリフィルはストレスがなく、もちろん書いていていやな感じがすることはない。カリカリし過ぎたりダマになったり、あるいは乾きが遅いとかかすれるとか、一切ない。また、ペン軸と手、手癖の相性が良いようで、書いていて疲れない。

万年筆も、分不相応にモンブランなども持っているのだけれど、結局多く使っているのはパイロットのカスタム74という比較的安価な定番シリーズだったりする。

例えばツバメノートなどのちょっといい紙と合わせると、本当に気持ちよく、ラクに書ける。疲れない。引っかかるでも滑るでもない、ちょうどよい、しっとりとした書き味になる。

ビジュアル的なデザイン性みたいなものに関しては、海外の製品を使いたくなる。実際にいろいろ買ってみたりもしてきた。しかし……、いつの間にか使用頻度が落ちて、二軍入りしてしまうことが多い。

……というのは個人的な感想に過ぎないんだけど、とにかく、パイロットが手に馴染んでいる、ということ。

アクロボールもカスタム74も、言ってみれば、「体が選んでいる」のだと思っている。快適に使い続けられるもの、気持ちの良いものが、時の試練を経て残っているイメージ。パイロットのプロダクトデザインのベースにあるポリシーみたいなものが、自分の感覚とマッチしているのではないかと思ったりする。


▼体が選ばなかったボールペン

対して、アタマで道具を選ぶこともある。というか、通常、何かを買うときにはそういう理性の判断を多少なりとも伴う。

例えば、LAMY2000というペン。美しい。と思って、実際に買った。「美しい、しかもに欲しいと思っていた多色ボールペン、これがあれば他に要らない」などと妄想して、買う。感性も含んでいるけど、基本的にはそれもひとつの要素として、理性で判断する。

しかしその後、実際にはあまり使わなかった。前述の「体で選ぶ」試練を乗り越えてくれなかった。

LAMY2000のシリーズは、軸の指先がかかる部分が下に向けて細くなっている。ということは、書いていて指が下に落ちる(表面処理も滑りやすい)。ズレていく。それを防ぐために強めに握らなくてはならない。純正のリフィルは書き味が重くて、筆圧が必要。結果として、手が疲れる。疲れるというか、長く書いているとどこかが痛くなってくる。美しいけど、個人的には使い続けられない。誰もが認めるグッドデザインな製品なのだが、自分にはそれが使いこなせないのが惜しい気もする。


▼目的志向的な観点と道具

こういうことは他にもたくさんある。いいな、と思って買ってもいつの間にか使わなくなってしまうモノ。ひとさまがいいというので買ってみたモノだけど、自分にはそうは思えない。これがあれば捗る、と考えて買ったものの、意外に使わなかった。

何かのお勉強をしようと思って、手書きで学ぶとして、疲れずに書き続けられるペンとノートがあるのは、個人的に非常に重要。疲れたり手が痛くなってしまう道具だと、勉強そのものがイヤになる。すぐに投げ出したくなる。若いうちはどこかが痛くなったりしづらいと思うが、悲しいもので、加齢と共に耐久性は落ちた。そしてそれは、実際に使ってみないとわからない。

その他もいろいろ、同じようなことを思いつく。スキーとかスノーボード初心者の第一の壁は、足が痛くなること。慣れない服や道具の不快さ。初体験でこれがない道具と出会えたら、幸運だと思う。自転車なんかはもろにそれがある。尻が痛くなってはまったく楽しくない。魚釣りでも、そういうことがある。ある釣れる確率が高い動作があったとして、それを淡々と続けられるか。その動作と道具がマッチしているか。リールの巻き心地に嫌な感じがないか。カメラというか写真を撮るという技術も、そのカメラに手が馴染むかが重要になる。読書するにしても、メガネが目に合っていなかったら。

さらに言えば、使っていて、快感と呼ぶべきものが感じられるか。なんて。

おそらく、みなさんがみなさんなりの、長く付き合っている道具がおありなのだろうと思う。そしてストレスがない道具、使っていて気持ちのいい道具というのは、何事かを為すという目的志向的な観点から言うと、かなり重要、そして軽視しがちなのではという感じもする。お子さんが、快適に書ける筆記具を手に入れたら急に勉強をするようになった、という話を聞いたこともある。何かが続かなかったら、道具がハマってないのではないか。ほとんど無意識のレベルでストレスを感じていないか。逆に、その道具を使うのが気持ちよくなったら、何ごとかを為す土台が固まった、いける、頼もしい、という気がする。