Notelets

誰かのために何かを作る日々の断章。試論。仮説。フィールドノーツ。

読書にカードを使う方法|精読・記憶・習慣化

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読書の補助ツールとして、「カード」を使うという手がある。カードとは、物理的な、紙のカードのこと。

↓こんな人に有効かもしれないとも思うので、その方法の一例を残しておく。

  • 本をより深く読みたい
  • 読書習慣を身につけたい(あるいは子どもに身につけさせたい)
  • 読んだことを自分の中に定着させたい
  • より読書を楽しみたい
  •  今の読書がなんだかフワっとしていてモヤモヤする
  • 読書が身についている気がしない

読書記録としてのカード(読んだ本のリスト管理)

カードの使い道として、これが一番わかりやすい。読んだ本を、カードに記録していく方法。

今はどうだか知らないが、その昔の小学校の図書館などにはこういうものがあった。何を書いておくかと言えば、

  • 書名
  • 著者
  • 読んだ日付
  • ちょっとした感想 等

これがあると、何か、書物という秩序のない世界が少し整理されたような気がして、楽しくなる。リストが増えるにつれ、充実感みたいなものも出てくる。もちろん後から思い出しやすくなったり、探せたり、次に読む本を探すときのよすがになったりと、実用的な面も大きい。

 

読書リストとしてのカード(これから読む本の管理)

読書記録と同様の手法が、これから読む本、読みたい本の管理にも使える。これも楽しい。

例えば「ミステリベスト100」というような本から、これから読みたい本を抜き出し、まとめておく。あるいは、行動経済学について学ぼうと思った時、読むべき本を残しておく。良い入門書にはブックガイドがついていることが多い。これを拝借してカードに移しておく。

そしてこれを手帳に挟んでおいて、書店で探す。「このカードに、自分が読むべきものがまとまっている」という状態は心強い。楽しい。

 

読書ノート・読書メモとしてのカード

おそらくこれが、最もカードという形式を生かす方法だろう。伝統的なカードの利用方法だ。

読みながら、その本の重要な部分や、自分が考えたことなどを残しておく。これがたまっていく。厚くなっていく。そうすると、その本をモノにしたという手応えが生まれる。もちろんこのカードを広げ、考えを深めたり、引用できたりという実用的な面も大きい。

何より、メモを残すという作業を想定することで、その本をきちんと読むようになる(実はこの効用が一番大きいかもしれない)。

これについては、いろいろな人がすでに述べている。有名なのは、やはり『知的生産の技術』。↓

知的生産の技術 (岩波新書)   梅棹 忠夫 
https://www.amazon.co.jp/dp/4004150930/

 

最近でも、「ツェッテルカステン」と名付けられた手法がリバイバルされている。↓

TAKE NOTES!――メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる   ズンク・アーレンス 
https://www.amazon.co.jp/dp/4296000411/

 

あるいは、イマドキのデジタル戦士の中にも、紙のカードを偏愛する人がいるようだ(ちょっと古い記事だけど)。↓

モカードでの情報整理がすごく参考になる、26歳「メディア王」のアナログな仕事術 | ライフハッカー[日本版]
 https://www.lifehacker.jp/article/131223how_i_work/

 

あるいは、カードの類いは使わず、本に直接書き込んでしまえ、という意見もある。「マルジナリア」と言ったりする。もちろんその段階で終わらせても良いが、そこからさらにカードを作る方法もある。つまり二段階のノートテイキング or カードテイキング。

この二段階をたどると、経験的にかなり記憶に定着する。考えが深まる。多少時間がたった後でも、欲しい時に思い出せる。もちろん作業に必要な時間と手間暇は大きい。よって書物の選択という別のテーマが立ち現れる。

(記憶に残すとか我が物にするとかっていうのは、結局のところその対象にどれだけ手間暇を掛けたかということが重要で、手軽に我が物にする方法などないようにも思える)

 

個人的な「読書ノートしてのカード」の使い方

やや具体的なやり方も参考として挙げておく。この手の方法論はきわめて個人的なものなので、おそらく皆さんは皆さんご自身の方法を編み出されるのがよろしいかと。この手の作業は、すべからくそういうものだと思う。

前提として、本を読みながらカードをとるのは、かなりめんどう。だいいち、机に向かっていなければならない。本は寝床で読むものだ、という人もいる。少なくとも、加藤周一という昭和のえらい人はそう書き残している↓

読書術 (岩波現代文庫)   加藤 周一
https://www.amazon.co.jp/dp/400603024X/

 

というわけで、まず、カードを一枚、その本にはさむ。

そして読み進める。電車でも寝床でもいいが、ペンを持っておくのは必須。

「!」となったりここは重要だと思ったりしたら、そのページ数を、はじめのカードに書く。これなら机にむかっていなくても可能(ペンも持っていなかったら、最終手段としてのドッグイヤー。ページの端を三角に折っておく)。

そして、また読み進める。そうすると、いずれキリの良いところにたどり着く。

その段階で、はじめて机に向かい、先ほどのカードに書いたページ数を見ながら、そのページを参照し、カードをとる。抜き書きしたり、その時に考えたことを残しておく。

つまり、ページ数メモドリブンのカード読書術、とでもなるか。言いかえれば、読書中のメモはページ数しか書かない。

欠点は、「読んでいたその時に考えたこと」が失われやすいことだ。その思考は、一回きり、その場でした浮かんでこないことだったかもしれない。

しかし、別の考え方もできる。少し時間が経って忘れているようなことは、どうせたいした思いつきではない。重要なことなら、そのページに戻ればまた蘇ってくる。あるいは、いてもたってもいられなくなって、すぐにメモをとる。

実際、本に直接、その時に考えたことやアイデアを書き込んでも、後で見返すとたいしたことじゃないというのはよくある。書きやすい状況(=本に直接書き込む)は、どうでもいいことも書いてしまいやすい。

これを繰り返すと、カードの束ができあがり、そしてこれが自分なりのその本のまとめになる。

この後は、ただ保管して必要になった時に見返してもいい。大きな机に広げて見渡して、さらに深く理解しようとしてもいい。手の中で「繰って」、アイデアを求めてもいい。手や体で考えることができる。記憶の定着率も上がる。

 

より楽しむための読書×カード

ここまでマジメな読書について書いてきたが、たんなる遊び・趣味・娯楽としての読書の時も、カードは有効だ。

わかりやすいのは小説。登場人物相関図をカードに書いて、挟んでおく。ミステリ小説や、海外モノで誰が誰だかわからなくなるような小説(ドストエフスキーとか……)などでは特に有効だろう。理解が進むし、迷わなくなる。

例えば作者の表現のくせや用語、プロットの特徴……などに注目してカードを残していけば、それは文学研究に近づいていく。そこまでいかずとも、今「考察」と言われるような深読みして楽しむことにもつながる。

 

デジタルなカード、アナログなカード

これまで「紙」のカードを想定して書いてきた。しかしもちろん、今はデジタルのカードやノートもある。すばらしい。

スマートフォンになれている人なら、パソコンに向かっていなくても同様のことが可能だろう。また、カードはかさばる。けっこう重い。デジタルなら気にしなくていい。

何より、検索できる。これが大きい。紙のカードに残した3年前のメモを引き出すのは、かなり困難。しかしデジタルなら……数文字タイピングして検索ボタンをクリックするだけ(実際、上記「ライフハッカー」の記事は、そうやって引っ張り出した)。

ハイブリッドな仕組みとして、書く時はカードに手書きするけど、それを保存するのはデジタルで、というのもある。一例を挙げれば、

  1. 手書きカードを書く
  2. Evernoteスマホアプリで、カードを写真にする
  3. 名前やタグ、検索用のキーワード等を追記しておく

……という流れ。写真を撮る作業は、Evernoteスマホアプリならそれほど手間はない。スマホ画面にカードを映せば、画像認識をして勝手にシャッターを切ってくれる。つまり、どんどんスマホカメラにカードをかざしていけばいい。さらに自動的にゆがみを補正してくれたりもする。精度の問題はあるが、手書き文字を認識してくれる(こともある)。保存用としては十分なクオリティなのではないか。

……ならば、初めからデジタルで書けばいいのではないか。……というのはまことにごもっとも、と思う。しかし一方で、未だに紙を使っている現実がある。紙のめんどくささを感じつつも、紙に頼ることが多い。

その理由は、我ながらよくわからなかったりもする。これまで書いてきた、下記の要素はある。

  • 広げれば一覧性が高い(何かを考える時、重要な要素)
  • 手で触れる、いじれる、めくれる、繰れる……(からだを使って考える)
  • そこにまとまっている感じが精神衛生上よろしい

さらに、研究者の発表として時々目にする、下記のような要素も、眉につばをしながらも、「あるかも」とも思う。

  • 手書きの方が記憶に定着しやすい
  • 書くことが心を整えることにつながる

さらに言えば、この上なくシンプルなテクノロジーである、というのもある。なにせ、紙はインターネットにつながっていない。それだけで世界を構築している。認知コストは低く、集中を惑わす要素がない。ウェブサイトを見ることと、紙の本を読むこと、どちらが集中しやすいかを考えてみるとわかりやすい。

もうひとつ、「視界に入る」というのもある。デジタルは、そのアプリケーションなりなんなりを起動しないと表示されない。しかしカードは、机の上に物理的なスペースをとっている。よって、視界に入る。視界に入ることで、意識の数パーセントでも、それに向く。そうなることで、ある種の弱い集中を喚起する。……自分で書いていてもよくわからなくなってきたけど。

つまりは、「カードの物理的な存在が、その対象に向ける意識を作ってくれる」ということになるだろうか。

少し飛躍すれば、神社でもらうお守りのようなものかもしれない。それが手元にあって、視界に入ることで、健康や幸福になるよう、少し心が動く。もし誰かにもらったお守りなら、誰かが自分を気に掛けてくれていることを思い出す。そういう、意識と無意識の狭間にあるような「中間意識」とでも呼ぶものが、物理的な存在に呼び起こされるような気がする。紙のカードも、それと同じ。

 

読書習慣を身に付けるためのカード

そういう意味で言えば、子どもや、また読書習慣を身に付けたいと思っている人にも、紙のカードは有効かもしれない。その昔のラジオ体操のカードとかシールとか、そういうものに釣られた人もいるだろう。それに近い側面があるかもしれない。

大人でも、そのカードが視界に入ることで、少しかもしれないが、その行動に対して意識が働く。ふとした瞬間に、本を読むきっかけになるかもしれない。溜まっていく気持ちよさや手応えもあるし、「コントロール感」と呼ぶべきモノも生まれるかもしれない。

このコントロール感というのは結構重要だと思っている。何かに取り組む場合、それが自らやっていることなのか、やらされていることなのか。仕事でも、多少しんどい仕事でも、自分でやろうと決意した仕事は楽しい。ただ上司にやれと言われたことは、まったくアガらない。

読書という習慣も、自分でやりたいと思ったのなら、自分でコントロールすることで楽しさが増す。読んだ本リストやこれから読む本リストは、読書という活動をオーガナイズしてくれる。

子どもには、子ども向けのカードや「読書ノート」も売っているようだ。そういうのも十分に役に立つのではないか。

 

どんなカードを使うか

これはもうどんなものでもいいと思っている。冒頭に書いた通り、この類いの技術は、とても個人的なものになりやすい。誰にもフィットする道具というのは少ない。

ただ、使いこなすに従って大判になっていく、という傾向はありそうだ。前記の梅棹忠夫氏は、結局のところB6サイズまで大きくなった。今でもこのサイズのカードは売られている。例えば↓

⇒コレクト 情報カード B6 京大式 C-602 コレクト
https://www.amazon.co.jp/dp/B003FGLVPO/

 

小さいカードは、同じ量の情報を扱うなら、当然厚くなっていく。通常、厚いよりは大きいほうが扱いがいい。

もしB6が大きすぎるなら、5×3というサイズから初めてみるのもいいかもしれない。欧米ではこのサイズがスタンダードらしい。インチなので、12.5センチ×7.5センチ。片手に収まるサイズで、心地いい。持ち運びもイージーだ。数枚、ダブルクリップなどに挟んでポケットに入れておけばいい。

もしカードを買ったならば、同時にカードケースを買うこともおすすめしたい。今の事務用紙に比べると中途半端なサイズで、しかもとじられていない紙は、扱いが悪い。収納しておくのにも困る。専用の置き場所があると、ぐっとラクに楽しくなるはず。例えば↓

⇒コレクト カードボックス 5×3 蓋無 木製 CB-5302 コレクト
https://www.amazon.co.jp/dp/B00ITLD7NY/

 

個人的には、これを数個、仕事机の上に並べておいて、そこからあふれるものに関しては、デジタル化してアーカイブ、という感じで処理している(広い仕事スペースがあれば、もっと並べておくのだが)。